小山市
墓地の一番高い所に石碑があり侠客梅五郎碑と書かれております。幕末から明治にかけて氏家宿から芳賀郡一帯をなわばりにした田野一家があり親分が横田梅吉で梅五郎と呼ばれていました。剣術が優れた腕前だったそうです。子分が一時は数百名もいたそうで1893年に栃木の刑務所で亡くなりました。碑は三回忌に残された子分達によって建てられました。大親分の碑だけあり豪快さが感じられました。人一倍面倒見の良い人だったのだろうと思いました。五輪塔1基及び瓶子(益子町文化財)があり大郷戸廃寺跡の五輪塔群発見のおり供養したものです。五輪塔は墓地にあり風化は感じられますが地輪、水輪、火輪、風輪、空輪ともに欠けてもなく保存状態が良いです。ハスの花も咲いておりました。スッキリとした印象のお寺です。