日光市の歴史・資料館
戊辰戦争の戦火から日光を守った、板垣退助の銅像です!
「板垣死すとも自由は死せず」の名言で知られる政治家、板垣退助の銅像です。戊辰戦争の戦火から日光を守った遺徳を讃え、昭和42年に再建されました。今もなお腕を組んで静かに日光山を見守り続けています。
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| ◇日光を守った恩人 明治元年戊辰戦争の時、新政府軍の将・板垣退助は日光廟に立てこもった大鳥圭介らの旧幕府軍を説得し、社寺を兵火から守ったといわれています。 |
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| ◇銅像について 昭和4年建設の最初の像は、第二次大戦中に軍需に徴収され、昭和42年に再建。彫刻家、新関国臣の作。官軍の服装で32歳当時の銅像。金谷ホテル前にて日光山を見守り続けています。 |
※表示価格は更新時点の税込価格となっております。
[更新:2014年10月23日]
新着クチコミ
みんなの声でわかる、スポットの特長
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板垣退助の銅像は、神橋のすぐ隣に有ります。木々に隠れる様に鎮座しているので、見過ごしてしまわれる観光客も多いと思いますが、神橋に行ったら、すぐ、隣にひっそりと、木々に囲まれる様にその勇姿を拝見する事が出来ますので、良く探されてください。なぜこんなところに、板垣退助の銅像が建っているのかの詳しい説明文も書かれているので、日光に関して影で尽力した偉人だった事が解ります。 (訪問:2026/07/26)
掲載:2026/08/03"ぐッ"ときた! 6人 -
神橋の近くにひっそりと、一見すると見過ごしてしまうような木々の中に目立つこと無く建っている板垣退助の銅像です。彼が、戊辰戦争の時に、新政府軍の将として、日光の社寺を兵火から、守った功績を今に伝えております。 (訪問:2025/10/19)
掲載:2025/10/21"ぐッ"ときた! 12人 -
明治新政府軍の主将として指揮を振るい東照宮などの寺社を戦火から回避させた英雄です。遠くを見つめどこか思案顔で腕組みをしているブロンズ像は再建された二代目で彫刻家の巨匠である新開国臣さんの作品です。像は戊辰戦争で旧幕府軍に破られ数少ない敗戦となった鬼怒川温泉や塩原温泉の一帯で起きた藤原の戦いを見つめている様に建てられておりました。そう考えると作戦を練る立場の指導者のソノ時の表情が表現されているのだろうと感じました。 (訪問:2023/12/23)
掲載:2023/12/26"ぐッ"ときた! 25人
※上記のクチコミは訪問日当時の情報であるため、実際と異なる場合がございますのでご了承ください。
基本情報
| 住所 | 日光市上鉢石町 地図を印刷 |
|---|---|
| 日光市観光協会 | 0288-22-1525 0288-22-1525 |
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