鹿沼市の橋・吊橋
かつての宿場町「鹿沼」の黒川に架かる歴史ある橋!
江戸時代、将軍が日光にお成り(日光御社参)の際、新しく黒川の橋をかけかえたことから御成橋と呼ばれるようになり、町名にもなった由緒ある橋です。1998年、親柱や高欄が特徴ある現在の橋となり歩道には絵が施され、町の歴史や橋の由来などが窺えます。
おすすめ
| ◇石燈籠の親柱 | |
|---|---|
| ◇杉並木をモチーフにした高欄 | |
| ◇歩道 町の歴史や橋の由来がわかる例幣使や彫刻屋台の絵が埋め込まれています。 |
※表示価格は更新時点の税込価格となっております。
[更新:2018年9月7日]
新着クチコミ
みんなの声でわかる、スポットの特長
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この府中橋を渡ると、やっと日光観光から地元鹿沼市に帰ってこれたんだなあと、深く思います。石灯籠の古風で洒落た独創的な橋の欄干はいつ見ても心が和みますね。私の若い頃は、鉄橋の様な武骨な橋でした。今はとってもお洒落で古風な鹿沼市を代表するに値する橋です。 (訪問:2026/07/26)
掲載:2026/08/03"ぐッ"ときた! 8人 -
御成橋から見て取れました。御成橋から見る黒川には、沢山の長い竿を川面に垂れた釣り人が正に整列していました。やはり、この季節の黒川は、釣り人のメッカですね。その壮大な自然との対話な様な風景に感動致しました。 (訪問:2026/06/06)
掲載:2026/06/11"ぐッ"ときた! 14人 -
奥日光観光の行き帰りに利用しました。中洲に緑が繁茂して、いよいよ、緑の萌えたつ春がやって来たなと感じます。奥日光観光の帰りには、この橋を見ると、ようやく地元鹿沼市に帰って来たなと感じる瞬間なんです。 (訪問:2026/05/10)
掲載:2026/05/13"ぐッ"ときた! 12人
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常連さん



















