日光市の神社・仏閣
小来川の中心部、武神 経津主命を祀る歴史ある神社です
創立は大同元年(806)。藤原室貞が東夷征討の際、鹿島・香取の神宮に祈願、平定を得て北関東・東北に記念の社を祀った内の一つ。建久4年(1193)頃、源頼朝が参詣し武運長久を祈ったという。数度火災に遭ったがその都度再建、今日に至っています。
有
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主祭神と神社の名 | 主祭神は、武運長久の神である経津主命(ふつぬしのみこと)ですが、村では長い間川と水の神様として崇めていました。昔は星の宮といわれましたが、明治18年(1885)に黒川に因んで改名されました。 |
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かつての大鳥居と当時の面影が残る参道 | 花崗岩の大鳥居が立っていましたが昭和24年の今市地震で倒壊。倒壊した鳥居の柱と台座は、拝殿前の講和記念の石灯籠として奉納。参道は、第11代将軍徳川家斉の時代の文化7年(1810)に作られたものです。 |
例大祭(11月) | 日光二荒山神社の神主による祈祷が行われます。五穀豊穣を願い野菜や米などを奉納し参拝が行われます。荘厳な雰囲気のお祭りです。 |
新着クチコミ
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みんなの声でわかる、スポットの特長
- 本殿2
- 胴2
- 羽目2
- 脇2
- 障子2
- 中国2
- 越2
- 穆王2
- 童2
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かつては星宮神社だったそうですが明治8年に黒川神社に名称変更した神社です。江戸時代に整備された石畳を通り本殿へと向かいました。1795年に再建された本殿にはソノ頃の名残である星宮大明神の額があります。向拝、胴羽目、脇障子に彫刻が見られました。胴羽目には布袋尊と唐子(中国風の髪形や服装をした子供)、西施(中国、春秋時代の越の美女で越王が色好みの呉王に送り込み色香に翻弄され政治を怠り越に滅ぼされたと伝わる)、玉川(古来より多くの歌や物語に登場する京都府の井出町を流れる川で平成の名水百選に選ばれた)、脇障子には穆王(周朝の第5代王)、菊慈童(穆王に仕えていた侍童で罪あって流され菊の露を飲み不老不死の仙童となった)が施されております。人物をクローズアップしていて見やすい作品だと感じました。 (訪問:2023/04/08)
掲載:2023/07/27"ぐッ"ときた! 26人
※上記のクチコミは訪問日当時の情報であるため、実際と異なる場合がございますのでご了承ください。
基本情報
住所 | 日光市宮小来川2647 地図を印刷 |
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日光二荒山神社 | 0288-54-0535 0288-54-0535 |
設備 | 駐車場 |
駐車場 | 有 |