益子町の神社・仏閣
当時、はやり目の悪魔を追い払うための木彫りの薬師如来が祀られていました
明治の初め頃はやり目が流行し、地元の人々が切り倒した木で、わら屋根のお堂を建てました。その中に木彫りの薬師如来を祀って、はやり目の悪魔を追い払う念仏を唱えたそうです。今は赤い屋根のお堂のみが昔の面影を残しています。
無
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赤目薬師堂 | 明治の初め、縦横約182cmの藁葺のお堂を建て、薬師如来を本尊として祀っていました。現在のお堂は奥行き約272cm・幅約4.5mでトタン屋根。木仏も、その後の陶器の薬師如来も盗難に遭っています。 |
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赤目薬師 | 地元では「赤目薬師様」と呼んでいます。 「歩み来て ここに願いを目のくもり 今ふきはらう泥部沢風」と今も詠われています。 |
毎年2月1日 | お堂が建った頃、国の林の木を伐りお堂を建てたと捕らわれた者が、自分の為でないことで1週間の取り調べから戻った日に因み、草餅をつき、酒や甘酒を供え、念仏を唱えて供養しています。 |
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みんなの声でわかる、スポットの特長
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- 陶器2
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畦道を上がった墓地の中央にあり朱色で塗られた御堂です。この御堂の民話があります。明治時代の初め頃はやり目が流行した時に地元の人達が御堂を建て木彫りの薬師様を祀り悪病を追い払う念仏を唱えました。後に改修されて赤いトタン屋根になりましたが木彫りの薬師様は盗まれ益子らしい陶器の薬師様が祀られました。毎年二月一日に目の仏様らしく草餅を作りお酒や甘酒を供え念仏を唱えてお祭りしているというお話です。近所の人に伺うと陶器の薬師様も盗まれてしまったとのことで現在は御堂のみが高台に残されております。長い月日を雨風に耐えてきた御堂は傷みが激しいですがコノ地区の人々の心に永遠に刻まれる御堂だと思いました。 (訪問:2023/07/15)
掲載:2023/10/12"ぐッ"ときた! 25人
※上記のクチコミは訪問日当時の情報であるため、実際と異なる場合がございますのでご了承ください。