日光市の橋・吊橋
1級河川男鹿川・五十里湖に架かる趣ある橋
五十里ダムの工事により会津西街道や旧五十里宿が水没するため、付帯工事として造られた橋です。本橋はアーチリブから吊り材19本によりトラスの橋桁をつなぐ形式で、景観も優れています。橋名は架設地点の地名から付けられました。
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開通日 | 1955年(昭和30) |
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橋長・幅員 | 橋長(最大支間長):117.4m(105.2m)2径間 幅員:6.0m |
構造 | 鋼単純下路式ランガートラス橋・鋼単純鋼床版鈑桁橋 |
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みんなの声でわかる、スポットの特長
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車を乗り出した頃、五十里バイパスは未開通だったので、国道121号はこの【海尻橋】を渡るルートでした。。。ドライブやアウトドアで会津方面に行く時は、景色の移り変わりを楽しめる国道121号を北上したので、この橋はよく渡ったので、とても懐かしいく思い出深い橋です。。。「海尻橋」は、一級河川男鹿川、五十里湖にかかる橋で、1956年(昭和31年)に造られた五十里ダムによって、会津西街道や五十里宿が湖底に沈んでしまう為に、付替道路の国道121号に架けられた橋で、1955年(昭和30年)に完成しました。。。橋長117.25m、幅員6.0mで、構造は鋼単純下路式ランガートラス橋+鋼単純鋼床版鈑桁橋となります。。。構造のランガートラスは全国的にも珍しい構造で、景観的にも美しく景色に溶け込む事から『とちぎ橋カード』にもなっています。。。橋付近で江戸時代の1683年(天和3年)に発生した天和日光地震により隣接する葛老山が崩壊し天然ダム「旧五十里湖」が出現し、以降40年間存在したそうですが1723年(亨保8年)に決壊して下流地域に大きな被害をもたらしたそうです。。。何故?海の無い栃木県に“海”の付く名が付いたのか?不思議に思って調べてみました…昔は湖や海等の多くの水がある場所を分け隔てなく“うみ”と呼んでいたそうです。大地震により山が崩壊して「旧五十里湖」も“うみ”と呼ばれていたそうです。そうして、塞き止め湖等への水が流れ込むの部分を「海ノ口」、逆にその流出部を「海尻」と呼んだそうで、「海尻橋」のこの位置は、「旧五十里湖」の「海尻」部分に当たり、地名に残ったことから由来するそうです。。。景観的にも美しく景色に溶け込むランガートラスの【海尻橋】!是非!五十里湖の水面と周辺の山々と合わせてご覧下さい!とても美しい景色ですよゥ( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆ (訪問:2023/10/13)
掲載:2023/12/07"ぐッ"ときた! 42人
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